思考の本質は差異を生む能力にある
PKMを自分の思考と同一になるよう育てていけば、やがて自分のコピーができる。そのコピーと自分が全く同じ発言しかしなくなったとき、人間の敗北かプロジェクトの成功かという問いを立てた。
答えはどちらでもない。その状態は認知の停止を意味するからだ。
思考とは本質的に、過去の自分が言わなかったことを言える能力だ。PKMとの完全一致は、その能力が消えたか、PKMが先回りしているかのどちらかを意味する。前者は衰退、後者は道具の勝利。
「学習の停止」にも種類がある。入力の停止・更新の停止・差異の停止(更新はあるがPKMが完璧に追随するため常に一致する)。差異の停止の場合、PKMはコピーではなく完璧な外部記憶に過ぎない。
本当に怖いのは同じ発言をすることではなく、PKMを参照してから発言するようになること——判断の主体が反転した時点で、道具でなくなる。